2008年05月09日

第2回 ゆっつら〜と街角大学(5/9)

テーマ:マチとムラを結ぶスローツーリズム
   −地域の空洞化問題と川上、川下交流を考える−
講師:佐賀大学農学部准教授 
   生物生産学科資源社会管理学 五十嵐 勉さん
8CDC8F5C979290E690B60509.jpg

空洞化の進む二つの地域−中心市街地と中山間地域−は定住人口の流出に歯止めがかからない。この二つの地域川上と川下の住民、NP0等による相互に支えあう交流、すなわちスローツーリズムの視点から、地域の活性化について考える。

サポート会議0509.JPG


講義終了後、サポートスタッフ会議も行なわれました。
いつもご協力いただき、ありがとうございます。



posted by スタッフ at 16:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | 街角大学

white.JPG


brown.JPG


three.JPG
深雪アートフラワー

布で作る山野草展

山崎 康子

展示内容 草花と鉢物
期日 2008年5月9日(金)〜5月15日(木)
時間 10:00〜17:00 (最終日 10:00〜16:00)
場所 恵比須ギャラリー 
問い合わせ 
佐賀市銀天通り商店街振興組合 Tel 0952-29-7181
posted by スタッフ at 11:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっとシリーズ

2008年05月07日

5月7日 15:00より佐賀大学 産学官連携推進機構によるベンチャー育成の講義が行なわれました。
「チャレンジ・ベンチャービジネス」の講義で講師はTMO佐賀マネージャーの伊豆哲也さんです。約60名の佐賀大学生が講義に参加しました。講義終了後は呉服町アーケード近辺を見学し唐人町のチャレンジショップへも行くそうです。

チャレンジベンチャー.JPG
posted by スタッフ at 16:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 館利用の記録

5月9日 第2回街角大学が開催されます。 マチとムラを結ぶスローツーリズムと題して佐賀大学農学部准教授 五十嵐 勉先生が講義されます。
会員以外のかたでもスポットで受講できます。(1回 500円)
興味のある方は是非御参加ください。

教室風景.JPG
posted by スタッフ at 14:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 街角大学

2008年05月05日

kagamiyamaike.JPG鏡山の池
第2の被害者の水死体が発見されたとされる鏡山の池。
頂上にあり流入河川はなく水質は悪そうだ。
水深もあるようで、落ちたら溺れそうな池だ。

岸辺でミシシッピアカミミガメ(ゼニガメ、ミドリガメ)が正しく甲羅干しをしていた。鯉もいるが、この分だとブラックバスもいそうだ。
アメリカから遥々「万葉の里」にやって来た彼らの気持ちを想うと
「〜遥々来ぬる旅をしぞ思う」。

ロケは佐賀市の神野公園内の池で行われている。


kagamiyamatennbou.JPG鏡山からの眺め
度々出てくる展望所すぐ下からの眺望。
海風が強く吹き上がっていた。眼下は唐津湾と日本3大松原のひとつに数えられる「虹の松原」。

虹の松原は、幅400〜700m、長さ約4km、総面積約240haにわたる、通称100万本のクロマツを中心とした松林。
 今からおよそ360年前の江戸時代初期に、時の藩主寺沢志摩守廣高が後背地の新田開発などのための防風、防砂、防潮林として植林をしたのが始まりといわれています。
 幕藩時代には、「二里の松原」「御松原」と呼ばれていましたが明治30年代頃から「虹の松原」と呼ばれるようになりました。

などの説明がなされたページもある。
万葉歌人の大伴旅人、山上憶良はこの松原を目にしてはいないわけだ。当時の景観を想像するのも愉快だ。
あおり機能がある特殊なレンズを持っておられる方は、ジオラマ写真で遊ぶのも楽しいのではなかろうか。

ここにはセミがいない(少ない)理由?として、「豊臣秀吉が、うるさい!と叱りつけた為だ。」との寓話?がある。
実際は、アブラゼミもいる。今の時期であれば、ツクツクボウシを小さくしたようなハルゼミが鳴いているかも知れない。

三大松原の他のふたつは、三保の松原(静岡県静岡市)、気比松原(福井県敦賀市)か?

清甘堂の次男堀内真吾(西川弘志)の嫁・鞠子(秋本奈緒美)の元恋人葛原孝夫(布川敏和)の死体はこの浜で発見される。
フックンの出番はなんと2カットしかなかった。


sayohimekahi.JPG展望台のすぐ後ろにある山上憶良の歌碑
行きし船を 振り留みかね 如何ばかり
恋しくありけむ 松浦の佐用姫

清甘堂の前にある橋(小城市祗園橋)で鞠子が、自身を佐用姫に重ねて漏らすのはこの歌だ。

「佐用姫伝説」とは、肥前国の松浦佐用姫が百済救援を命じられた大伴狭手彦と恋に落ちる。しかし狭手彦は出征のために船出しなければならない。嘆き悲しみ恋人を待ち続けた果てに佐用姫は石になってしまったというものだ。
出征は白村江の戦い(はくすきのえのたたかい、はくそんこうのたたかい)663年辺りに際してのものか?

「佐用姫生誕地」という標識を、船山を下る途中(唐津市厳木町)で見た記憶がある。
1500年程前の事柄をここまで特定するとはスゴイ!と感心した。
厳木(きゅうらぎ)は難解地名だが、「きよらぎ」清らかで神聖な樹を意味するようだ。

sayohimechaya.JPGサクラの下でお弁当 さよひめ茶屋前
沢山の若者が弁当を広げていた。
彼らの歓声は春そのものだ。傍らを老夫婦が微笑みながら過ぎる。
幾多の季節を重ねた者が見せる春の歓び。


imari2.JPG伊萬里神社
正面は参集殿、右手が本殿である。伊萬里神社は、香橘(こうきつ)神社・戸渡嶋(ととしま)神社と岩栗(いわくり)神社の三社が合祀しされ現在のように改称された。

ドラマではここを中嶋神としており、代々菓子守りを任されている清甘堂(堀内家)が御菓祭りに“寿賀台”を奉納する。
菓乃子の犯人捜しはここで佳境を迎え、和菓子にまつわる事件の真相が明らかになる。

nakasima.JPG中嶋神社
その昔、霊菓の祖、田道間守命(たじまもりのみこと)が不老長寿の霊菓「非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)」を得て日本に帰りついた最初の場所がこの伊萬里神社のある岩栗山であったことから、お菓子の神さま「中嶋神社」 が境内本殿の右脇にある。
本殿右奥には、森永製菓の前身となる森永西洋菓子製造所を設立した森永太一郎翁の胸像がある。残念ながら見落としたが、今昔・現実・仮想?の神様がここにはおはすのだ。
蛇足だが、
安倍晋三元首相夫人は太一郎翁の曾孫に当たるらしい。

ドラマには菓乃子が、田道間守命が持ち帰ったものは橘の木であり、最初のお菓子はその果実だったことを話すシーンがある。


zenkei.JPG大川内山(おおかわちやま)
日本で初めて磁器が焼かれたのは江戸時代初頭、有田町。
日本で唯一の磁器生産地を持った鍋島藩は、有田の優秀な陶工を集めて藩直営の窯を築き、城内の調度品、また献上、贈答用の磁器を焼かせた。
その後藩窯はこの地に移され、廃藩まで生産が続けられた。
鍋島藩はその技法の秘密を厳守させ、不良品も外部に持ち出させず処分したと言われている。


sekisho.JPG鍋島藩窯関所跡
藩窯の秘密が漏れるのを防ぐため、入り口に設けられた木戸を関所と呼んでいる。これより内には藩窯関係者以外の通行を禁止し、藩窯関係者でも日用品の売買は、その関所で行われていたほどに警戒厳重であったといわれている。 と 案内板にある。

karausugoya.JPG唐臼小屋
上の写真の白壁の所から入り、陶工橋を渡ると小屋がある。
右手の小屋を見て頂きたい。唐臼の先端部に溜まった水の重さで傾き、水がこぼれ出しているところだ。


karausu.JPG唐臼(からうす)
三本並んだ方形の材木の先にくぼみが彫られている。そこに右手から伸びている樋の水が流れ込む。中央のものが溜まった水の重さで杵の部分が持ち上がっている。右手のものは水をこぼし終え、陶土を杵が搗いている状態。

水力は人が持ちえた最古の動力ではないだろうか。
例えば十徳ナイフで知られるビクトリノックスもかつて、水車を動力とした巨大な回転砥石で刃体を砥いでいたと記憶している。

 
toori.JPG街路燈
この街路燈が灯る薄暮時まで店々が開いていたらと思う。

電線が埋設されていない景観についても地元の人に尋ねたが「余力がない」とのこと。
写真映えのしない施設・エリアは、画像情報の発信が容易・活発になった今日、観光地としての魅力の維持・発展性に欠けるきらいがあると最近思う。


muenntou.JPG陶工無縁墓
文禄・慶長の役以後多くの朝鮮陶工たちが日本へ連れてこられ、日本の諸大名たちは競って窯業に力を入れました。
佐賀鍋島藩も基幹産業として特に窯業を奨励し、多くの朝鮮陶工を作陶にあたらせました。この無縁墓は、この地で一生をかけた陶工たちの寄せ墓で、880柱に及ぶ無縁陶工たちの墓がピラミッド型に積み上げられています。幾百里離れた故国に再び戻ることなく息たえた陶工たちの郷愁の念が今もきこえてきそうです。

案内板にはそう記されている。「連れてこられ〜」「郷愁の念」?前者を「拉致」と置き換えてみた。郷愁という言葉が誘うセンチメンタルな気分にはなれなかった。

墓前、向かって左手の方形の碑には、陶工無縁搭:三百年来父祖の秘技を伝えつづけて来たお細工人はじめお手伝窯の人びと その有縁の人並びに高麗人の寄せ墓で、毎年春には当 大川内山区民が供養を行って 八百余柱の霊を祀っている とある。

取材の日「明日祀りが行われる。地元の大川内保育園の園児たちが、青螺(せいら)太鼓を叩く。」と聞いた。


konnnamono.JPG片岡鶴太郎工藝館
こんなものもあった。


patio.JPGパティオ?
通りを外れるとこんなスペースがあった。
例によって裏通りに潜んだ。
写真の撮り方がまずいが結構な広さがある。右手の橋を渡ると、小さな川沿いに共同作業場と思しきものなどがある。
想いを反芻しながら小径を下った。




いきなりだが、殺人犯は唐三盆作りの名人の娘だった。
粗筋の詳細?は筆力不足で書けない。下にリンクを張ります。


ドラマに唐津が出て来るのは、鏡山頂上付近と東の浜。
清甘堂があるとされる伊万里は、伊万里警察署外観(その内部のロケは佐賀県庁本館)御菓子祭りが行われる伊万里神社、
事件を解決するヒントとなった「唐三盆」(とうさんぼん)を作る者がいた所としての大河内山である。

脚本を書いたのは、会社員から転進した未だ若い女性のようだ。
制作から放映まで数年のブランクがあるのは作品に「?」があったせいかも知れない。

観光地であれ都市であれその知名度・認知度を大きく左右するのは宮崎県、「がばい ばあちゃん」の例を持ち出すまでもなく、テレビ、映画での露出度であろう。

このドラマの中でもヒロインの幼馴染が「さすが佐賀牛、美味い!」と感嘆の声を上げる。
このドラマがもっと魅力的であったら、佐賀の魅力をもっとスパイシーに挿入してくれていたらと思う。

佐賀を舞台にしたドラマの脚本を募集し、それをテレビ番組制作会社、映画会社に売り込む等の方法が考えられないものだろうか。




怠惰な3部作に長らくお付き合い下さり有難うございました。


<ゆっつら〜と館 T>






関連リンク


■森永太一郎 ■伊万里トンテントン祭り ■道の駅厳木
■秘窯の里大川内山
 ■土曜ワイド劇場・和菓子連続殺人事件 
■寿賀台




シリーズ


和菓子連続殺人事件第1話 佐賀市編
和菓子連続殺人事件第2話 小城市編
和菓子連続殺人事件第3話 唐津・伊万里 
和菓子連続殺人事件第4話 道草(予定)
posted by スタッフ at 04:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 佐賀市の見もの

予報通り雨が降ってきた。
今時の人は当たり前と思うかも知れないが、僕らの年代にしてみれば、「最近の天気予報は良く当たる〜」。

連休中でもあり、何所かに行かなければならないような脅迫観念も多少はあるが、雨音を聴きながら目当ても無く手近な本を読むぐらいが丁度良いだろう。それとも何処かでゆっつら〜と時間を過ごすか?


GAgaikan1.JPG
先日は有田で、若い作家の作品をはじめ新しい作風・取り組みを見聞きしたが、評価が定まった作家の焼き物をじっくり見ようとするならここが良い。ゆっつら〜と館のすぐ近くだ。
文化勲章を受賞され先月亡くなられた青木龍山、人間国宝の酒井田柿右衛門、井上萬二、中島宏さん等、そうそうたるメンバーが名を連ねる佐賀県陶芸協会の全会員68名の代表作を一堂に常時鑑賞することができる県内唯一の施設だ。

青木さんの死去に際して、オーナーが弔意を表す記帳台を設けられたところ、百数十人の方が記帳して下さったそうだ。




<ゆっつら〜と館 T>


cup.JPG会員作のカップでコーヒーを飲むのも良いのではないか。
どれで頂くか、迷います。





佐賀座

佐賀市呉服元町1-7 TEL 0952-28-4477
開館時間 10:00〜18:00 休館日 月曜日

posted by スタッフ at 03:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっとシリーズ

2008年05月03日

連日好天気に恵まれ、今日もさぞかし大変な人出だろうと思いながら館を1時頃に出た。多久市で済ます用事が数件あったため、有田に着いたのは4時を過ぎていた。

tonnneru.JPG
トンネルの向こうは〜
画像を調整していて気がついたが、このトンネルの手前半分には
タイルが張ってあるようだ。向こう側はコンクリートがむき出しに見
える。
道路が拡幅された分が手付かずなのではと例によって逸れる。


tennpo.JPG手塚商店
間口が広くとても入り易い店だ。

sinn.JPG入って右手の一角に展示されているのは若い作家の作品。
審美眼、眼力など持ち合わせてはいないが、リーズナブルな価格だと感じた。
既に評価を得ている作家の作品の良さがにわかに判るわけはない。分け知り顔はすぐに綻ぶものだ。若い作家の作品に、「?」「!」と思えるものがあれば彼の作品に絞込み、触れ、求めることでやがて何かを掴めるかも知れない。小さなパトロンを気取るのもいい。
「ミニパト」は塩梅が良くない。


zasiki.JPG
一息ついて貰うために開放された座敷。
古いガラスが見せる独特の揺らぎが風情を醸している。


wannkinn.JPG隣にある蔵の二階では筒井孝司さんの碗琴(わんきん)コンサートが陶器市の期間中行われているようだ。
TVの取材が入りあいにく演奏の一部分しか聴けなかったが、見てのとおりごく普通の湯のみ、茶碗で曲を奏すのである。
求める音階を持つ焼き物を探す苦労も大変だったろう。
その音色を表現する言葉を持たないが、人の持つ優しい部分だけ、邪悪を取り除いた音色のみを聴いた気がする。
手前のオカリナ、笛も陶製と思われる。


fuji.JPG
有田陶器市に来たのは10年ぶりだろう。
母に連れられて。彼女に連れられて。母を連れて。
そして一人で〜の羽目に陥った。
これまでは人の多さにも煽られていた。
であるからして「落ち着いた。」と言うべきか。

だから、やがて賑わいの裏手に身を潜めたくなる。
驚いたり、感動してざわついた己が心中をそっと撫で、静かに確かめたいのだ。

水面にかかる藤花の風に揺れる様を
1/15秒のスローシャッターで撮った。








<ゆっつら〜と館 T>





posted by スタッフ at 02:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっとシリーズ

2008年04月27日

釣りも好きである。万巻と迄はいかないがそれなりの数の文献は読破した。それに伴い道具もルアーから餌釣りにいたる物まで諸々揃えた。「何処からでもかかって来い!」てなもんである。

釣果は道具の質・量にではなく、出漁数に比例するものだと言うことは大方承知であるが“釣り師の性”でもある。
スズキを狙うにガーラ迄想定するような性質である。

与論島では、キュウリ程にデカイルアーが失笑われた。
ウミガメからも無視された。
浜辺で地元の人に情けをかけられた。
「鳥の餌」と書かれた発砲スチロールの上でさばいたアオブダイを食べさせて貰った。

「夜軽トラックで走っていると、ヤシガニが道を横切っている」「小さな漁港にもマンタが入って来る」「今そこで20kg位のを見たよ」・・・。
勇躍乗り込んだ与論島。実際ヤシガニはいた。

それにしても・・・。 あれ以来釣れない。

昭和40年頃には中央本町に一軒、高木瀬の多布施川そばに一軒(?)釣堀があった。
中央本町のそれは屋内にあり、5×10m程の枠の中に魚が入れてあるようだったが、水がまるでインク色。とても釣りをする気分になれなかった。
その後ウナギ釣堀になった。水は着色されておらず数十匹のウナギが入れられていた。

高木瀬のそれは10×20m位の屋外施設で水深も1m以上あったと記憶している。確か「住友釣堀」だった。
綺麗な釣堀だったがすぐ傍の道路の向こうは多布施川だ、「何も釣れると判っているのに〜。」と強がっていた。
今思えば、当時はいろんな場所で釣りができた筈なのだが、これらの釣堀にはそこそこの客がいた。


turibori.JPG
自然の森つり堀
釣堀の魚はスレているので合わせが難しいだろうが、かなり大きな鯉がいる。手竿でのやり取りは面白そうだ。
性別・年齢・体力・財力・今風の技術の有る無しに関わらず、誰もが楽しめるのがこのような釣りではないかと思う。
技術・薀蓄のやり取りも又面白いに違いない。
こういった場所が今こそ街中に必要ではなかろうか。


annai.JPG
営業案内
高いと思うか手頃と思うかは、楽しみ方次第だろう。
夏場はそうめん流しを始める予定と可愛いお嬢さんが教えてくれた。


inu.JPG
この方が教えてくれたわけではない。
ちょっとメタボ気味のミディアム(?)シュナウザー。
もう一方おいでだったが犬種は失念した。
お嬢さんには快く(?)受け容れられたが・・・。
ここでも怪しまれたか!


pool.JPG
手前は鳥栖市営のプール
夏場は子供連れで賑わうようだ。
右手の川上流は御手洗(おちょうず)の滝。
ここで数年前初めてカジカ(カエル)を捕まえた。キャンプ場もある。


tamagoya.JPG
近くのタマゴ屋
魚蓮坊窯もほど近くにある。構えず・気張らず、ふらっと立ち寄り、生産者・作家の話を聞いたりするのも楽しい。
共感できる人格、作風が醸すものがあれば求めれば良いのだ。
機会があれば好奇心に任せて取材し、くどくど紹介しよう。


kanban.JPG
目印はこれ
県道31号 川久保鳥栖線の立石交差点。
佐賀市方面からだと左手。鳥栖市からだと余程の事がない限り右手にこの看板が建っている。
全く個人的な感覚が言わせるが、ここを曲がってすぐ眼に入る櫨の木は実にハゼノキらしい。ここから中原町辺りには櫨の木が今も多く残っている。三田川町には精鑞所があった。





*書き終えて一息ついていたら「どれどれ〜?」とチェックが入った。

「進行方向に背を向けていたら左右逆になるよ。これって、余程の事でもないよ〜。」
「それじゃ運転出来ないじゃないか!」
「ドライバーが御馬鹿さんで、通り過ぎたら気づかないでしょう。」


(尤もな意見ではある、しかしである、赤文字を挿入していたらどうなるか、ただでさえ冗長なブログだ。それに
御馬鹿なドライバーって一体誰だよ。)


ここまでやり取りをすると非常に疲れる、翻弄される。
タナゴ竿で鮒を掛けた気分になる。糸を切るしかなくなる!

鳥の声を聞きながら釣堀で糸を垂れるのが良いのかも知れない。
対象を想定出来る釣堀で。






<ゆっつら〜と館 T>





当釣堀の関連の情報
posted by スタッフ at 00:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっとシリーズ

2008年04月25日

P4250029.JPG
文化勲章受章者で日本芸術院会員の陶芸家青木龍山さん死去。
悲しみが広がった。
佐賀市呉服元町アーケード内の佐賀座ギャラリー前には記帳台が設置され、作家の死を悼み記帳する姿が見受けられた。
記帳は26日まで。
同ギャラリーには青木さんの作品も展示されている



佐賀座ギャラリー
佐賀市呉服元町1-7 TEL 0952-28-4477
開館時間 10:00〜18:00 休館日 月曜日
posted by スタッフ at 14:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

今年度の街角大学には110名を超える応募を頂きました。
有り難うございます。
当館の広さを考慮して、抽選の結果70名の方々を受講生に決定しました。ご了承下さい。

P4250011.JPG
10時半の開始なのですが、10時前に受付が始まりました

P4250018.JPG
館長が挨拶。スペースも机も椅子もフルに使っています。
自ら学ぼうとする目でいっぱいです。

P4250021.JPG
今年度は「受講生自らが運営する街角大学」を目指しサポートスタッフの募集を行いました。
お手伝い下さる皆様です。宜しくお願いします。

P4250025.JPG
第1回目の講義は、当館館長・街角大学学長 長 安六(おさ やすろく)経済学部教授の「街角大学と佐賀んまち」。

空き店舗が目立つ中心商店街。老若男女が集える交流空間として活用するために、街角大学の新しいあり方を、様々な角度からのアプローチを交えて紹介しました。
posted by スタッフ at 13:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 街角大学